昭和41年06月11日 夜の御理解
今日まいりました、金光青年の雑誌がございますけれども、巻頭言に、いつもここにみえますあの、次長の日吉先生のお父さんが書かれたのが、一口ですけれども書いてございました。読んでみましょう。「ある信者さんの言葉。ある時ある信者の人がお参りしてのお話である。私と同業で非常に懇意にしていて、常に行き来をしている、○○という人があります。その○○さんが先日私に向かって、「○○さん私はあなたによって、金光教をみているからね。」
と言われたので、私はそれは困る困る、私をみたからとて、私はそう大した信心が出来ているのではないから、と言い放したものの、これは大変だぞ、うやうやしておられんぞと思うようになりましたと。云々と。この信者の方の言われることを、聞いてこれは大した事であるなぁ、と私は思ったのである。」皆さん、(?)かれてこれは大した事だなあと思われたでしょうか。皆さん。ね、皆さんがここんところでこれは、これから先、日吉先生のお父さんが感じられた事なんです。
それを聞いてこれは大した事だなあと思うたと言う事がです、皆さんも思われなければ値打ちはないのだと私はこれを読んでも。あともう一口書いてございます。「この信者の方の言われることを聞いて、これは大した事であるなあと、私は思った事である。私はいわば、この土地での金光教での代表者みたいなものなのである。教会長ですからこの地区の代表者みたいなものである。金光教が知りたかったり見たかったりしたら、私を見なさいと大胆に言えるかどうか。
本当の事をいえば、それが大胆に言えるようにならなければならんのではないと、と我と我が心に言い聞かしたのである。」と書いてございます。ね。これは大変な事だと。金光教の先生をさせて頂いておる私がです、私を見て皆が金光教の信心とはどんな信心だろうかと、思うてみておるとこう言う。信者を見てからでもそう言っているのだから、いわば教会長であるところの私は大変な事だと思うた。いわゆる、このへんの代表者だと。そこにこれは大変な事だと感じられたとこういう。
しかもこの金光教の信心とは、私を見て下さいと、大胆に言い放たれる位な、私にならからなければならないと。これはあの、ここから私の事になってくるのですけれどね、私は信者時代に言うておりました。もう私がですね、おかげを受けられなかったら、もう金光様の教祖の神様が嘘を言うてあるとですよ。私がおかげを頂かん筈は絶対にないですよ。もうこれは私がどこに行って、共励会に参りましても、金光教を語る時に、必ず私はこれを言ったことです。
もう久保山先生なんか、嫌という程聞いておられるだろうという事なんです。それほどに私は例えば信心修行にも一生懸命であったが、教えを行じるという事においても私なりに一生懸命であったという事です。それを皆さん、本当に大胆に私を見よって下さいと。私を見よってくださいと。私を見て下さいと。例えていうなら、本当に神様の働きをまの当たりに見たり、私自分で頂いなさっておられる方達ばっかりといっても良いくらいに神様は見ておられる。
確かに一心を立てて一生懸命習い、こういうおかげを受けられると言うとこだけは、皆さんが受けておられるのであるから、これで私が本当に、金光様の御信心ぶりにならせて頂く時に外も内も。ね。私がおかげを受けられんはずがない。私を見よって下さい。いや私の家庭を見て下さいと言えれるだけの信心をです、しかも大胆に言い放てる位なです、信心をお互い身に付けなければね、本当におかげを頂けれないと思う。ね。いわゆるそれが本当に言えなさらなんですよ。ね。
確かに金光様、どげな神様じゃろうかどげな事を教えよらっしゃるじゃろうかと思いよったらあの人みりゃ違うと。あの人があげんかわらっしゃったもんだからと、目を見はなさるようなものをです、銘々の改まりの上にも信心修行の上にもなからなければいけんのじゃなかろうか。そこに区別が付かんようでは何十年信心したって、一生かけておかげを頂いて神様が分かっただけではつまらん。ね。その神様を私共が本当にです、現すと言うことはそう言う様な事ではなかろうかと思うですね。
どうぞ。